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せわしなく過ぎていく日常が忘却のかなたに沈まないうちに、のんびりと自分を見つめてみたいと思って。 生活の中で感じたこと、体験したことを書き留めて。
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NEWS
コメントまいどっ
最近読んだ気になる本
『黒岩重吾全集8巻 夕陽ホテル・人間の鎖』(中央公論社) 『吉野葛』(谷崎潤一郎:新潮社) 『たんぽぽ』(川端康成:講談社文芸文庫) 『山の声』(辻まこと:ちくま文庫)『誘拐』 (本田 靖春 :ちくま文庫) 『マッターホルン北壁』(小西 政継 :山と渓谷社) 『本田靖晴集〈4〉K2に憑かれた男たち・栄光の叛逆者』(本田 靖春:旬報社 ) 『散歩者の夢想 (ランティエ叢書 (11))』( 埴谷 雄高:角川ランティエ業書) 『山は真剣勝負』(山田 哲哉:東京新聞社) 『垂直に挑む』(吉尾弘:中公文庫) 『人間太宰治 』(山岸外史・ちくま文庫)『太宰治全集 2』(筑摩書房)『毒きのこ・絶品きのこ狂騒記』(小山昇平:講談社)『埴谷雄高全集 1』(講談社)『失われた動力文化』(平田寛:岩波書店) 『スコッチと銭湯』(田村隆一:角川春樹事務所) 『わたしは花火師です ─フーコーは語る 』(筑摩書房) 『自分自身への審問』(辺見庸:角川書店) 『独航記』(辺見庸:角川書店)『抵抗論 国家からの自由へ』(辺見庸:講談社)『反哲学的断章 文化と価値』(ヴィトゲンシュタイン:青土社)『もの食う人びと』(辺見庸:角川書店) 『ゆで卵』(辺見庸:角川書店)『不安の世紀から』(辺見庸:角川書店)『貧困旅行記』(つげ義春:新潮社)『プルトニウム燃料産業 核戦争防止国際医師会議報告書』(C・キュッパース/M・ザイラー:七つ森書館)『義経』(司馬遼太郎:文春文庫)『源義経』(五味 文彦:岩波新書)『奥州藤原氏 その光と影』(高橋 富雄:吉川弘文館)『科学革命の構造』(トーマス・S・クーン:みすず書房) 『コペルニクス革命』(トーマス・クーン:講談社) 『パラダイムとは何か クーンの科学史革命』(野家啓一:講談社) 『敦賀湾原発銀座「悪性リンパ腫」多発地帯の恐怖』(明石昇二郎:技術と人間)『変人 埴谷雄高の肖像』(木村 俊介著:文春文庫) 『イタリア・ルネサンスの哲学者』(ポール・オスター・クリステラー著:みすず書房) 『ルネサンスと宗教改革』(トレルチ著:岩波書店)『ザイルを結ぶとき』(奥山 章著:山と渓谷社) 『世界の歴史 (16) ルネサンスと地中海』(横山紘一:中央公論社) 『世界の歴史 ヨーロッパ近世の開花』(長谷川輝夫他:中央公論社) 『無限,宇宙および諸世界について 』(ジョルダーノ・ブルーノ:岩波書店)『復興期の精神』(花田清輝:講談社文芸文庫) 『花田清輝著作集第3巻 アバンギャルド芸術・さちゅりこん』(未来社) 『バカは死んでもバカなのだ』(赤塚不二夫対談集:毎日新聞社)『父の詫び状』(向田邦子:文春文庫) 『西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇』(ティルベリノゲルウァシウス:講談社)『死のクレバス― アンデス氷壁の遭難 ―』(J.シンプソン:岩波書店)『犬神博士』(夢野久作:角川書店)『萩原朔太郎詩集』(岩波書店)『サバイバル!─人はズルなしで生きられるのか−』(服部文祥:筑摩書房) 『サバイバル登山家』(服部文祥:みすず書房) 『山靴の音』(吉野満彦:中公文庫) 『地中海世界』(フェルナン・ブローデル:みすず書房)『反貧困』(湯浅誠:岩波新書) 『みうらじゅん対談集 正論。』(コアマガジン) 『ベルリン一九六〇』(長谷川四郎:講談社)『阿久正の話』(長谷川四郎:講談社)『日本共産党の戦後秘史』(浜本達吉:新潮社) 『夜と霧【新版】』(ヴィクトール・E・フランクル:みすず書房)『破局と渦の考察 』(宇野邦一:岩波書店)『山之口獏詩集』(彌生書房)『痴人の愛』(谷崎潤一郎:新潮社) 『 卍(まんじ)』(谷崎潤一郎:新潮社) 『日本の社会保障』(広井 良典:岩波新書) 『祭りの声 : あるアメリカ移民の足跡』(新藤兼人:岩波新書) 『澁澤龍彦文学館 諧謔の箱』(出口 裕弘、種村 季弘他 編集:筑摩書房) 『20歳のエチュード』(原口銃三:筑摩書房)『深夜特急ノート 旅する力』(沢木耕太郎・新潮社)『キケロ ― ヨーロッパの知的伝統―』( 高田康成・岩波新書) 『唐草物語』(澁澤龍彦・河出書房新社)
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17,
2009
![]() 憩う場というものは、その時、その雰囲気によって、そのかたちを変えて一人になりたいときに、そっと寄り添ってくれる場所のことをいうのでしょう。 僕にとって、その中の一つの場が寧という近所にあった喫茶店でした。 この店は、うっそうとした森の小路を散策する気分で入口があります。 今だったら黄釣船草とかがかわいい姿で出迎えてくれます。 入口に入ると、キルトや服、アンティーク、四季折々の展示を兼ねたモノたちも飽きさせません。 店から外を眺める窓は、寧の庭を堪能してもらいたいというここのご主人たちの気持ちが表れるような大きな一枚のガラス張りです。 普段の雑踏の中で大きなエンジン音を吹かしながらトラックの運転手をしている僕としては、気分をリセットさせ、目を楽しませ、心地よいひと時が過ごせる場所として利用させてもらっていました。 子どももいつもははしゃぎまわるのですが、この店に来るとおとなしくしてくれるので、珈琲もゆっくりおいしく飲むことができました。 今度、川越に引っ越すので、しばらくこの場所とはお別れしなければならなりません。 せっかくいい場所を発見して名残り惜しいのですが、いつかまたこの地に来た時には立ち寄りたい場所のひとつでした。 ![]()
15,
2009
先日、NHKの深夜便で「森の水車」という歌が紹介されていました。 時は1941年。 「ニイタカヤマノボレ1208」という電文を戦艦「長門(ながと)」から流して太平洋戦争に突入した同じ頃、歌謡界で「森の水車」という歌が半年後に発売されます。 高峰秀子の陽気な歌声にあわせた歌謡曲です。 それが、「敵性歌謡」として発売禁止となってしまったのです。 敵性音楽だとした表向きの理由としては、翌年1月に内務省・情報局が、米英の音楽約1000種類の演奏、特にジャズが厳しく禁止対象としたのでした。 この「森の水車」の歌詞にある「ファミレドシドレミファ」がいただけないということらしいのですが、実際にはどうなのでしょうか? 何と言うか暗い時代に、「陽気な歌」なんか歌っている場合かぁ!とも取れてしまう歌詞のビミョーな言い回しに作者たちの声なき声が聞こえてくるような気もします。 さらには歌を抑止する戦時中の人々の意識の中にあった、非常に嫌ぁな「非国民」モードが加担していたのではないかと考えてしまいます。 38年に制定された国家総動員法によって、労働も物資や出版物に至るものが国家の統制によって国民が協力する体制が成立します。 その中で国民精神総動員体制によって戦争に勝つために国民の意識をも掌握していったのです。 「贅沢は敵だ!」とか「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」とか有名な標語が生まれたのもその頃でした。 国民の戦争に協力するという意識とともに刷り込まれる、このようなプロパガンダによって太平洋戦争にまで突入していくのです。 ![]() ある意味で、その中で翼賛体制がつくられ戦争に突入していく過程とは、アジア諸国の人々を「第三国民」として貶め、占領した国々の人々を労働力として駆り出していく、アジアの人々を日本人が差別していく過程と一体のものだったと思います。 遡って1923年の関東大震災のとき、すでにアジア諸国の人々に対する差別意識がむき出しになって襲った事件があります。埼玉県の本庄で起こった自警団による朝鮮人の集団虐殺事件があります。 今は亡き、僕のおじいさんから聞いた話では、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れて日本人を殺している」との情報を聞きつけた本庄の人々が、自警団を組織して100人近くの朝鮮人たちをテロ・リンチした挙句に殺害したというのです。 さらにその事件で収まらない自警団たちは、街道を通行する人々に「1円50銭と言ってみろ」と言い、「イチエン コチュッセン」と言ったり吃音で答えたら朝鮮人だと、斧や鎌、飛び口(魚河岸などで見る棒の長いカギ状の鋭利な刃)などで殺害していったと言います。 もちろんそこで日本に渡ってきた朝鮮人だけではなく、吃音だったり良くしゃべれない日本人も殺害されたと聞きます。 戦争に動員され貧困にあえぐ人々にとって、戦争に勝つことや隣人を差別することが自分たちの明日の解放につながるということは一種の幻想であったかもしれませんがまぎれもない「希望」として写ったのでしょう。国家が戦勝ムードとアジアへの差別意識を国民意識として刷り込んでいくことで、日韓併合や山東出兵から満州事変がありアジア・太平洋戦争があり、ちょっとでもヘンだと思ったら隣人を「非国民」だと監視したり、放送禁止歌も生まれたのだと考えます。 この曲は、その意味で、「放送禁止」とされる当時の人々の意識の裏側にあるものを感じさせます。働くことや明るい未来をつくる歌として不滅の輝きを持つような曲調だと思います。 戦後になって並木路子さんが歌われて大ヒットしていますが、戦前の高峰秀子さんの歌声をヨウツベで拾ってみました。 「戦時」という名のもとに禁止された太平洋戦争時代の歌たち。 もしかしたら「放送禁止」のない「戦時」は、僕らのすぐ目の前に来ているのかもしれません。 でも、「森の水車」は僕の中で流れ続けています。 FC2 Blog Ranking
02,
2009
![]() 翌朝は、越生の方に抜けようと思って宿を起ったのですが、あいにく峠はゴミを廃棄する人たちが後を絶たない様で通行止めになっていると言う厄介なことに。 「どうしょうもねぇなぁ」 迂回して高麗川方面へ。 そんな迂回道がまた良かったのでした。 何ともいえない里山の風景に出会えたので写真を数枚とってみました。 コスモスが咲き、段々畑に咲くマンジュシャゲ、道にひっそりと佇むお地蔵さん。 表通りの巾着田では、大渋滞でしたが、ちょっと裏道に入るとこんな素朴な雰囲気に浸ることができるのです。 もちろん!巾着田、行きませんでした。 何だか人ごみを見るのが嫌だから。 風たちぬウ 今ぁはぁ秋イ〜 今日からワタシィは〜 ココロのたぁびぃびとぉ 自然と「風たちぬ」を口ずさんでしまったのでした。 秋なんだなぁ。 そんな風に一人ごちしながら、わが子とパートナーで里山を散策したのでした。 ![]() ![]() FC2 Blog Ranking
02,
2009
![]() 僕の家の家賃は7万です。 でも、これじゃぁ今の収入じゃカツカツで、とてもじゃないがやっていけない。 そこで、パートナーのバースディにあわせて不動産めぐりでもしてみようと、川越の方面に行ってきました。 越生とかがオフの日にハイキングできるしいいかなぁと思っていたのですが、病院とか保育園とかが周辺にないようなのです。 それから僕らの条件は、平屋で庭付きで格安!ときてるのです。 インターネットであらかじめ物件を探して行ってみたのですが、どうやらそちらの物件はインターネットより実物で見ると何ともこじんまりしすぎているのです。 で、もう一つ、不動産屋さんが探してくれた物件を見てみようと、さらに車で案内してもらいます。 大きな公園が近くにあるようです。 その公園の大通りにはアンティーク屋さんやユニ×ロなどの服屋もならんでいます。 不動産屋さんの担当者のOさんが閑静な住宅街の物件周辺に来ると徐行してくれています。 「あれ、ここでいいんだったっけ?」 「あ、あれじゃないんですか?」 僕が、写真を見て見覚えのある風景を指差します。 ありました。 入り口には、大きな柿が実り、山椒も植わっている素敵な小庭があります。 昔ながらの玄関があって、上がり框(かまち)には素敵な室内灯がしつらえてあります。 磨かれた床板に左右に分かれるように部屋があって、6畳の井草の香のする畳が3つ。 奥には4畳のキッチン。さらに4畳のフローリングで仕上げてある部屋。 掃除のときの履き出しもしやすい戸の作りです。 使い古された柱は、よく磨かれていて築25年でも本当に立派な平屋。 値段は、5万円だというのです。 「あ〜、素敵。これに決めたい!!」 「う〜ん、通勤が大変だけど、本当にキミがいいんだったら、ここでもいいよ」 相手に匙を投げるような素振りをしている僕ですが、近くにはマンジュシャゲで有名な巾着田があって、飯能市から秩父の山並がすぐそばに見渡せる絶好の場所だと思いました。 川越の美しい街並みもすぐ近く。 休日はロッククライミングやサイクリングもできるし、内心ぬか喜びです。 そんなことでちょっと職場には遠いのですが、とても素敵な物件に引っ越すことになりました。 その日は、パートナーのバースデーということで予約しておいた宿に行くと高麗川のせせらぎが聞こえる旅館です。 川の流れを眺められる見晴らしのできる場所から、ビールを注文して乾杯です! 夕方の川の流れが涼しい秋の風を運んできます。 川面を眺めるとヤマベが悠々と泳いでいます。 最高のひと時に、ほろ酔い加減。 さらにビックリしたのが、誕生日で来たと告げると、夕食時には宿の娘さんがケーキを用意してくれるというもてなしも。 調子に乗って、お銚子を三本も飲んだ頃には、「いやぁ、ご主人の美しい娘さんに感謝してますよ!」と口が滑ってしまったのがいけなかった。 その後の、パートナーは不機嫌でぶっ飛ばされそうでしが、部屋に戻ると静かな川のせせらぎを聞きながらリラックスしていると、いつの間にか三人仲良く川の字で寝ていたのでした。 因みに、民宿 『川波』の宿の娘さんですが、日本一の旅行客で賑わう石川県は和倉温泉加賀屋で女将さんの修行中だとか。 丁度、オフで実家に帰っていたとか。がんばってほしいものです。 FC2 Blog Ranking
19,
2009
先日、職場の同僚の方から自身の「ゆきずまり」というものを告白された。
そのなかで、彼曰く「人生について、生きている意味がわからなくなってるんだよねぇ。彼女にもふられるし、仕事も経営がヤバくて、労働組合も空中分解しそうだし・・・」 そう、こんなことに「意味」を求めていること自体が、僕は彼のスランプそのものだと思いました。 「じゃぁ、意味のあることって何なんだろう?」と問いながらその意味そのものが幻想=無意味なことだってあるのでは?ということを言いました。 だって、彼女にフラれたからって、落胆せずに切り替え早く人生を謳歌している人だっているのですよ。 だから「意味」ってやつの呪縛にとらわれて、自分が何もしていないことを嘆くよりも、能動的につかみとるような日々の生活、充実した生活って「意味」が立ち入る隙なんて与えないんじゃないかなぁ、とも言ってみたのです。 そう嘆くこと、停滞しているときって不思議と「意味」を求めたがるような気がするのです。 その「意味」に安住して、次の瞬間にその「意味」が「無意味」に転落したとしても「意味」あるものとして信じるようであれば、それは一種の宗教的境地といわねばならないと思います。 それで思い出すのは、持ち物を捨てられないとかいわゆる「ゴミ屋敷」と化してもモノを所有し続ける人間の行為についてです。 人は、その物に「意味」があると思うから所有するのだと思います。 モノには機能があるほかに、思いいれもあるものです。その思いいれがやがてゴミと周囲がみなしても捨てられないその人本人にとっての「意味」というものがあるのだと思います。 周囲はそのモノを「無意味」=ゴミだと誰もが認めるものに「意味」を求める所有者がいる。 僕自身も、引越しのときのことを思い出します。 引越しで捨てるに捨てられないと思っていたものを、廃棄せざるをえなくなって廃棄物処分場に家具や食器、収容できなくなった本などを軽トラックに積んで捨てに行ったのです。 そうしたら廃棄物処分場の大きなゴミ処理場の中で、僕の「意味」のあった家具や食器、本とかが瞬時にゴミとなってしまうのを見ているうちに、何とも哀しくなってきてしまいました。 今まで自分が所有してきたモノたちが自分の分身であるかのように思えて、ガラクタ同然に捨ててしまった自分の行為を非常に後悔しているのです。 その後、当分そのことの罪悪感というか、ショックが消えることがなかったことを覚えています。 だからいわゆる「ゴミ屋敷」の方々が、この物たちが「ゴミ」ではないと主張するのも何となく分かるのです。そのモノたちを持つことの「意味」を「ゴミ屋敷」の人たちは感じているからなのです。 そこで抱えている問題というのは、実は他人事ではなく消費社会の中で所有する「意味」にとらわれた僕たちすべての意識の中にある価値観にあると思うのです だから第三者から見た時の「意味」と自分がもつ「意味」とは、同じことを見ていたりやっていたり所有していたとしても違うということ。 社会があって「意味」と「無意味」があるということ。世間の「意味」だって「無意味」となるような革命的なことだって起こるんだから。 その「意味」の挟間で物事や人々が時間とともに変化していることを注視すべきなのだと。 その意味で、「人生に意味なんてないんだよ。物事に翻弄されずに精一杯自分が、その時生きられたらそれでいいじゃん。後からそんな『意味』にならないものは一杯ついてくるけどね」と彼に言ったのでした。 FC2 Blog Ranking
12,
2009
![]() 山には山の相というものがある。 一般の登山道で尾根伝いに頂まで達して開かれた越後の山並みを眺めるのも一考です。 ですが、谷川岳の場合は、急峻な一ノ倉沢や幽ノ沢岩場もあり、さらに奥には湯檜曽川沿いを沢歩きして朝日岳に至るコースもあれば、上信越と関東を跨いでそびえる山なので天候や季節によって多様な姿を見せる場所でもあります。 まさに、登山者たちにとっては「近くて良い山」として谷川岳が親しまれる理由があります。 僕も数年も谷川岳には登ることさえなかったのですが、親子のハイキングついでに足慣らしの意味もあって、一ノ倉沢を登る前哨戦としてクライマーたちに昔から親しまれているヒツゴー沢へ登ることにしました。 連れの子どもと友人たちとは午後に天神平で待ち合わせしてありました。 朝の四時に起きて谷川温泉まで友人に車で送ってもらいます。 谷川温泉に到着して駐車場を目指したのですが見当たりません。しょうがないので適当な場所に下ろしてもらって、暫らく歩くと登山道が見えてきました。 この登山道は、ヒツゴー沢やオジカ沢に通じる沢登りルート、一般の中ゴー尾根ルートを通って山頂へ向かう道のりです。 40分ほど渓流沿いの登山道を歩いて、二俣に到着して足元をみます。 !! ヤマビル!! それが何匹も足にしっかりまとわり着いているではないですか。 ヒルを取り払おうと足回りをチェックすると5匹も吸い付いていました。 これで良いだろうと思ってコーヒーを飲もうと沢の水で沸かして暫らくボーっとしていると、5〜6人のパーティが沢行きスタイルで颯爽と歩いていきます。 そのパーティを見ているとヒル対策のために足首のズボンと渓流シューズに隙間が出来ないようにガムテープでばっちり完全武装です。 アーこんな風にすればよかったんだなぁ と思ったらヒルがまだ一匹、丸々と血を吸い尽くした後のようにふくらはぎに寄り添っているではありませんか! エイと取るとふくらはぎから血が流れます。 ヒルを投げつけようとしたのですが、投げた地点が自分のコーヒーカップの中に ポチャッ いまいましいにも程があると思って、頭にきたので一気にヒルごとコーヒーを飲み干しました。 ヒルの味?! う〜ん、コーヒーの味です。 でも、ヒルがころころになって満腹状態で胃に入って、またお腹がすいて胃壁にへばり付いて血をすうなんてことを想像してしまいましたが、間違いなく胃液で消化されてしまうと思います。 これぞ循環型生態系の不思議也哉。 それからこの二俣から眺める朝の谷川岳南面の稜線もすばらしい。写真を撮るのを忘れてしまったのですが、明け方のモヤの中に浮かぶ谷川岳の姿に目を細めてしまいます。 休憩とヒルとの格闘もそこそこにハーネスを着けて渓流シューズに履き替えます。数本のシュリンゲを肩掛けしてエイト環とカラビナ(これらはすべてロープワークに使う沢登必携用具です)をハーネスに装着します。 オジカ沢に入渓します。 オジカ沢は、ヒツゴー沢の主流となっていて、ヒツゴー沢の出合が分かりづらく、着いたのも知らずにオジカ沢を遡行していくと最初(F1)の滝の手前の遭難者のプレートで違うことに気がつきます。 ですが、オジカ沢のF1を見てみたいと思って取り付きまで行ってみました。 滝はまったくツルツルでホールド(岩を手や足を手がかりとするところ)がない。これは手ごわいと思って、そそくさとヒツゴー沢出合まで戻ります。 出合の沢は、まったく水が流れている気配がなく、上りでは分かりづらかったのですが黄色いペンキで矢印がされています。 こちらを忠実に行くとヒツゴー沢に向かっていたんだぁと納得。 あとは、F1の取り付きに急ぎます。 F1は、7メートルの滝から左にトラバースすると高巻く場所があるのですが、そちらはむしろ危険でした。最初、左にトラバースする方を選んだのですが、ホールドに乏しく戻ります。戻るのもケッコー高度感があって、スリル満点です。草つきにシュリンゲが巻いてあったので、そちらに手を伸ばしてクライムダウンして上段を登ります。 上段は、シャワークライムしながら登ります。 沢登の醍醐味は、夏の汗の出る登山道の山登りとは違って、水の中で遡上していくので、最高に気持ち良く登れることでしょうか。それから山頂に道なき道を攀じ登って山頂に達したときの充実感、これは何者にも代えがたいものです。 ![]() スラブ状のナメ滝が連続する中を遡上していきます。 そういえば、僕の知人が南アルプスの大井川支流で沢登り中に滑落して亡くなったのが04年だから5年が経過していることになるこの山行き。 彼の無謀ともいえる単独行の随伴者となったことがあったけれども、あの山行きを当時評価していませんでした。 僕は、どちらかといえばのんびりと山を散策して渓流で釣り糸を垂れたり、山菜やキノコを採取したり、植物を眺めているうちに暗くなって薪を焚いて炎の上がる星空を眺めて眠くなったら眠るというウラ山的な感覚の方が好きでした。 その好きな感覚とは別に、彼が亡くなってからというもの本当の楽しさを目指すことの意味や芸術や生き方にも通じる「真剣味」というものについて考えることが多くなりました。 彼は良く言えば芸術家や職人気質なこだわりがあって、とても頑固で強靭な人間だったんだぁと改めて感じるのです。 そして、彼の山行きのノートを繰り返し読むたびに胸を打つのは、体力の限界に挑戦するあくなき精神とその時に眺める山の美しさを語る姿勢には、まじりっけのないその人にしかわからない思いが行間からにじんできます。 冬の槍ヶ岳の北鎌尾根を単独行で登りきった後に山上からの素晴らしい眺め。そして体力の限界と共に訪れた「もうこんな山行きはできないのだろうか」という感傷的な気分とが交錯して涙腺が緩んでしまうシーンなどは目に浮かぶようです。 僕などに専門的な話も交えた終わりの無いような話をしているときの、彼の嬉しそうな姿。 本当に、あの人は最後まで孤高でありながら、よく生きたんだなぁと感じてしまうのです。 その彼が、一ノ倉沢や北岳バットレスを登る前に丹沢とともに良く訪れた沢の中に、このヒツゴー沢はあるのです。 生前にもっと色々な話を聞きたかったなぁ。山も「何でこんなところにつれて来るんだよぉ!」って言いながらもっと一緒に登っていたかったなぁ。 ![]() そんなことを考えているうちに核心部といわれるような困難な滝も無いのでノーザイルで進みます。 ところどころ、ホールドの無いコケでいやらしい場所もあるのですが、ルートファインディングと慎重に三点確保さえしっかり取り、岩に飲まれなければ(岩の迫力に負けてしまうこと)難なく登ることが出来ます。 それから岩の美しさそれから手の付けられていない自然は、やっぱりこんな場所に来て見ないと分からないのも、沢登をしていて思うのです。 ここヒツゴー沢の岩もどうしたらこんな削られ方をしてしまうのか分からないような穿たれた岩の穴 やトイのような滝も見ていて飽きない感じで登ることができます。 水流も少なくなってくると広々とした場所に咲く高山植物たちも姿を現します。 本来だったら中ゴー尾根の登山道に抜けるとそのまま方の小屋にヤブを抜けずに登れるのですが、僕はその道が分からなかったのでヒツゴー沢のルンゼを忠実に直登します。 直登しているとまだまだ大きな岩が急峻な斜面を覆っていて、こちらもなかなか手ごわい。 ちょっとガレ場で浮石が目立つようなところに出たようで、ホールドを取ろうと手をかけたところ、自分の頭の2倍ほどの岩が動き出して危うく下敷きとなるところでしたが、かろうじてかわしました。 ちょっと下のガレ場で止まりましたが、あのような落石を起こして登るようなことは、なるべく無いように心がけなければなりません。 息を継ぎ継ぎ何とかクマザサが生い茂るヤブに突入して、ラッセルのようにヤブを漕ぐようにすること20分ほどで肩の小屋が見えてきました。 肩の小屋のベンチの脇にヌッと顔を出したときには、そこに座っていた登山者が相当驚いたようで「熊が出てきたかとおもいましたぁ!」と挨拶も抜きにそんなことを言って笑われてしまいました。 11:30頃に山頂に到着です。山頂から携帯で麓にいる友人たちと連絡します。 安否を確認した安堵感でねぎらいの言葉を聞こうとしたのですが、「お腹すいたぁ」との第一声。 ![]() ちょっと拍子抜けしましたが、天神平で合流して食事をと田舎そば屋さんに入りました。 そこで、ビールで下山祝い。 あ〜ビールのおいしいこと。そして、そばもどうやら10割そばのようで、昔ながらの味に舌鼓を打ったのでした。 このヒツゴー沢は、手ごろなホールドがたくさんあって、眺めもいいので沢行きの初心者の方にはお勧めです。ぜひ、山に行こうと考えたときは、登山道だけではなくちょっと寄り道した沢登りなども考えると山の姿も立体的に捉えられること間違いなしです。 ですが、ちょっとしたトレーニングと経験者が随伴した山行きは心がけて下さい。 関連するURLサイト ヤマレコ 谷川岳ヒツゴー沢 *なお、このサイトの記録された方は、僕ではありません。あくまでもヒツゴー沢の雰囲気がわかるものを選びました。 FC2 Blog Ranking
31,
2009
![]() 夏も終わろうとする中、家族で夏休みと思って、友人たちと一緒にハイキングと沢登りに行ってきました。 水上ICをでると、水上町の「道の駅」と隣のスーパーで買い出しをします。 野菜と肉を買って、水の涼を求めたのですが、小雨が降ってきました。 あいにく台風が近づいているといのことです。 谷川岳の登山者に利用されている土合駅の奥、湯檜曽川沿いで石を組んで、カンテラ(毛バリ釣り)でイワナを釣って、イワナの刺身にセビッチェ!!といきたいところだったのですが、急きょ変更です。 屋根付きのキャンプ場がないかと捜したところありました! 水上ICから車で30分ほどのところにキャンプ場が。 さっそく行ってみるとかなり山に入っていく感じです。 これは、思わぬハイキングになりそうだとワクワクして、林道を眺めています。 わが子もバーベキューは始めて。 しばらく目的地を目指して行くと途中で大峰沼キャンプ場と出てきて、ジャリ道になってきます。 この先は、車もゆっくり進みますが、ガリっという不吉な車体をこする音もするような道です。 でもすぐに駐車場に到着です。 この先は、歩いて行く道のようです。 何だかホッとしたのは、とにかく車をこれ以上立ち入らせないことって生態を配慮している「駐車場」があるっていいですよぉ。 「だったら、水上駅から歩っていかんかい!!」 って怒られそうな気もしますが、次回はそんな風にやってみたいと思います。 事実、『森の生活』を書いたアメリカの作家のソローさんってひとは、事実上の「森の生活」を始めてから実に10キロ近くの道のりはよく歩いているというのです。 やっぱり文明の利器に親しんだ裸のサルはどこまで行ってもオウチャク者になるのでしょうか? 駐車場に着いて、案内図を見るとココからキャンプ場までおおよそ25分とのことです。 「え〜、歩くの〜。」 「雨が降ってきた。ヤメヤメ。早く温泉に入った方がいいんじゃない」 次から次へと集中豪雨のように非難のアラシが吹きやみません。 ですが、ここは「行ってみよう!」と決断を下して、出発です。 途中でユキノシタと野イチゴと思われる植物たちに出会いました。 最初は、ユキノシタだったら天ぷらにして食べられると思ったのですが、パートナーは、「野イチゴと一緒の葉っぱじゃない」と制します。 家に帰って野草図鑑で調べたのですが、コバノフユイチゴという種だと知りました。 ひと房とって口の中に入れると、「・・・酸っぱい。でも懐かしいイチゴの味」って形容詞がつくようなシロモノです。 そう、昔のイチゴは酸っぱかった。 懐かしさを味わうように次々と小粒のイチゴを口の中に運びます。 それから倒木にウスヒラタケも今回の一食ぐらいにはなりそうな程度にあったので収穫です。 森が豊かだとうれしいものです。 歩いていて次々と発見がある。 ウチのパートナーも大喜び。 クマザサも「お茶になる」と摘んでいます。 クマザサは、乾燥させてお茶にするとちょっと品の良い甘さに仕上がるのです。 さて、ゼエゼエと言いながら登ってきたところで「もう30分は歩いてる!!」ってブーイングが入るころにはバンガローが見えてきます。 「やっぱり、運動してない人間は美しさも半減するねぇ!」 そんなことを言いつつ、自分も疲れているのをひた隠しにしている自分がいるのでした。 でも、本当に大峰沼にたどりつくととても 「美しい」 の一言です。 何だかここにミレイの描いた「オフィーリア」でも浮んでそうな美しさをたたえています。 ボーっとしているうちに、「おい、夕飯に間に合わなくなるぞ!」の声に昼食の準備にとりかかりますが、それぞれが昼食時は焼いた肉にハチが飛びつくとかアブが「ブンブン」人工衛星のように付きまとわれるわでとても賑やかな焼肉パーティでした。 落ち着いて食べられませんでしたが、皆さんの思い出に残ることと思っています。 さて、明日は谷川岳ヒツゴー沢の単独行です。 FC2 Blog Ranking
25,
2009
政府の諮問機関である法制審議会が「成人年令18歳引き下げ」を国会に提出し、審議しようとしています。 これも憲法改正手続を定めた国民投票法が18歳以上に投票権を与えていることから、この手続き上の不具合プラスあとは人々に民法上の大幅な足かせをするってことが背景にあるのだと思います。 で、なんだかしっくり来ないなぁと思うのは、 「成人」に至っている方々が「成人」に至っていない方々を揶揄するときの、あのまなざし。 そのまなざしを「成人は18歳」でというエラソーなご宣託を並べたてる審議会老センセー方から感じるのです。 そこには、自分が大人であるという上から目線で、じっとキミたちを観察し、キミのかつての特権でもあった夢とか反抗とか、政治に目を向けなくなった頃合を見計らって成人を18歳に引き下げようとする、そのまなざし。 かつての僕もそうだったし、キミたちに夢や反抗を奪う原因を作って来たのは、キミたちに「成人」を与えようと世間を知ったつもりになっている大人たち、そして審議を得意そうにしている人々でしょう。 その「審議会」なるものの実態ですが、「審議会」メンバーは官僚が練って政府主導で人選します。肝心な内容はといえば実名を明かすことなく議論して、疑問は審議されないケースも多いようですが答申を出す。そして、国会で法案が審議される。 諮問会議の委員ともなると、2000万円クラスの収入と地位が保証されるのですから、大学教授たちもクルッと回れ右しちゃう方々も多いのはうなずけます。 そんな「審議会」の審議から何を結論として出そうが、世間とは程遠い内容が審議されるということが、これだけでも十二分に判ろうというものです。 そもそも今回の審議会の答申で感じるのは、「センセー方や大人たち勝手にそんな結論を勝手に出しているけど、それを望んでいるのは一体誰なのか?」ということでした。 話しが少々ずれてしまいそうですが、雇用や法律の話しをちょっと。 いわゆる派遣切りで次の仕事もなくて、生活保護を受ける人々がサラ金に走るケースなんてざらだといいます。 今回の審議会の意見として「経済活動でも大人として処遇することで、若者や社会に大きな活力」となるとしています。 しかし、「活力」とは大人になるだけで生まれるものなのでしょうか? 生活していく前提条件を社会の中で失われている中で、多くの大人たちは疲弊しているのです。 自殺者だって三万人を越える人間たちの大半は、人生につかれきった大人たちだというだけでも、この意見自体がムチャクチャだということがわかるというものです。 「誰でもよかった」と殺傷したアキバでの通り魔事件があったとき、 政府が真っ先に手直しにならない手直しを行ったのが派遣法でした。 逮捕されたKは、自動車の整備工で働いて、働けども収入が少なく、明日にも会社から突然「契約打ち切り」を迫られる、このような中で「リア充(リアルな充実感)」しているホコ天で歩いている不特定な人間の幸せが気に食わないと車で人々の中に突っ込み殺傷した。 逮捕されたKの大量殺人を許してはいけないと思うと同時に、どうしてもこの背景を野放しにしてきた政府の無策の責任も重いと感じるのです。 むしろ成人式のとき、成人たちのはしゃぎっぷりに大人たちは無力で、法的な対処で成人たちを黙らせたのは記憶に新しい。 そして成人たちは、その法的な対処をもって素直に大人の仲間入りを果たした。 その法的な対処は、今現在を象徴しているような気がするのです。 それは人々を黙らせること、そして活力を奪った社会に従順に従わせるという国家の意思を見るような気がするのです。 一方で株式の相場をコンピュータとにらめっこして一瞬で数億もの金を手にした人間が一喜一憂し、一方でかれらのために工場や職場を一瞬にして失う人々を生み出したコレまでの政治や経済の仕組みを変えてしまったコイズミさんがやった構造改革ってやつ。その構造改革に国民が法的な拘束力によって不況の中でもモノ言うことさえできなくなっている閉塞的な社会。 この社会を作り上げてきた今の支配者にとって、人間が「成人」であろうが「子ども」であろうが関係ない。 必要なのは、黙して政府や官僚の進めようとすることを「成人」たちが反旗をひるがえすことなく従っていてくれれば、それでよいのですから。 チョット前に、アルゼンチン映画の『今夜、列車は走る』が上映されたけど、アルゼンチンでも日本と同じようなことが起こっていたんですよね。 何だか国鉄時代の民営化を見ているような感覚で鑑賞してしまいました。 路線廃止と通告された鉄道員たちが、労使交渉を行ない会社と争議状態となるのですが、合理化の末に一人が命を絶ち、次々と職を失っていき、やがて犯罪に走る人間も。 その中で銀行強盗に走ってしまった仲間のためにテレビ出演した元鉄道員のセリフが胸に突き刺さっています。 「鉄道がなくなるのは、絶望することだ。人間は希望をつくりだすことは難しいが、簡単に絶望してしまうも」と彼らとともにあることを表明するシーンです。 自分たちが誇りをもって働いてきた職場から追い出される。 努力やひたむきさや人への優しさ、人間の成長を仲間とともに育んでいた場所を否定されてしまうのです。 日本では、派遣社員たちが名前で呼ばれもせず働いている現場があるそうな。 明日の仕事の不安と絶望との挟間で、満喫難民が5千以上いるとか。ホームレスの方たちも数万いると言われています。 企業危機とともに、そこで働く人間が合法的に簡単に切られる大量失業時代がやってきています。 職場や社会から追い出された人々が向かうのは犯罪か、社会の矛盾に文句も言わずに従順に”余生”を過ごすかどちらかでしかなくなってしまうのではないでしょうか? あとは、失業で困っている人々を”救済する”ために国が自衛隊の増員をはかり、国家のために文句を言うことなく働く人間が出来上がる日が来るのかもしれません。 そういえば、最近の新聞に警察官の増員の話しも出てました。 まさに日本版アメリカ式国家、夜警国家の成立です。 北朝鮮を笑ってはいられません。 それから犯罪というものについてです。 僕は、裁判員制度に反対です。 何よりもあの法務省の赤レンガ前を仕事のトラックで通ると 「よろしく!裁判員」っていう横断幕がエラソーに掲げられているのを見たけど、 本当に胸くそが悪い!! 何で役人のアンタらに、指図されて「裁判員」にならなけりゃいけないのでしょうか? 犯罪、犯罪って言うけど、犯罪的なのは、この「裁判員」制度そのものではないのでしょうか? 何で裁判員候補通知が召集令状のように来て、拒否することや第三者に裁判のこと言ったりすると罰則を「裁判員」に課せられるようなことが合法的にできちゃうのでしょう? 何で「裁判員」として人に死刑を求刑したりしなくちゃいけないのでしょう? 薬害訴訟(水俣病や薬害)とか原爆の国家補償を求める裁判とか多くの死者や犠牲者を出した企業や国を訴えている行政訴訟ってあるけど、そっちには「裁判員」は何でいらないの? 「犯罪を刑法で犯した」隣人を国に強制されて裁くという超合法的な召集令状が今の日本の形なのだと思います。 話がだいぶそれてしまいましたが、いずれにしても僕は、そんな状況の社会に政治家や役人の作為で刑罰も含めて「成人」にさせられてしまう「18歳」のキミたちを不憫に思うのです。 国旗・国歌となった「日の丸・君が代」を入学卒業の時には斉唱させられ、受験勉強といっても徹底的な歴史や記号の暗記に明け暮れ、スポーツといえば授業が終わった後にひたすら夏休みも返上で部活動に励み、これであっという間に「成人」とされても何を基準に社会を判断しろというのでしょうか? 僕にとって社会を知ってきたのは、家出で出であったペルー人と夜通し歩いて話した生活のことや愛のことであったり、詩を書くことであったり、教科書にない身近なことを通じて考えること、夕焼けや山々や自然を見て美しいと感じること、旅に出てイロイロな出来事や出会いを経ることの方が大きかったのだと思うのです。 これらのことが自分の領域を広げ、社会との接点や矛盾を探す絶好の機会でした。 学校でならったことが、ことごとく社会の現実にうちのめされた時、あたらしい自分に出会えたような気がしました。 その意味で、果てしのない絶望を希望に変えるためには、「大人だ」、「役人だ」、「政治家だ」っていうエラソーな態度の前に僕らがもっとやらなければならないことは多いはずです。 ここの職場で働いて十数年となりますが、ここで僕が考えてきたことは雇用や生活を自分たちの力で安定させることや「弱いもの」イジメや戦争をなくすことすべてに言える「命を守る」ということでした。 当たり前のことを自分たちの責任の名において大人たちは一生懸命やっていない!!ということでした。 そんなことを何ら解決していないのに、エラソーなことは言えません。 その上でキミたちに言えることがあるとすれば、キミたちがキミたちの力で夢や希望を実現していくことはキミたちが決めればよいということです。 大人から与えられる制度や政治をありがたがることなく、キミたちの自身の力で社会に参加し、変えていくことなのだと思う。 明日は選挙の不在者投票に行ってきますが、僕は貧困や格差をなくすような候補者に投票しようと思ってます。 Ben Folds Five/philosophy(訳:吾路規世舞) モルタルとブロックとガラスに切り取られた 空の輪郭を見上げてくれ そして僕の瞳に何が映っているか 見てくれ やつらはいつでもそこにいた 笑いたければ笑うがいいさ 僕には僕の哲学がある 地面と同じぐらい 僕はそいつを信じている だからこそ僕は 倒れそうになりながらも歩き続けられるんだ 世の中には悪い人もいれば 善人もいるのだけど どっちつかずの人間なんて僕には理解できない ごらんよ 僕はどこかおかしくなってるんだ だけどやるべくことはやったさ 愛してるからこそ 僕は君を困らせた どうし君が楽しもうとしないのか 僕には理解できなかったからね 僕は君を階段の上にひっぱって行って 飛んでみろと言った 君は腕をバタバタさせて 高さにおびえて泣き出した FC2 Blog Ranking
15,
2009
今回の地震後の浜岡原発の放射能値上昇情報を収集していますが、いかに事態が深刻なものだったか、改めて考えさせられます。
中部電力によると自動停止した4号炉、5号炉について ・5号機で原子炉の約250本ある制御棒のうち約30本の駆動装置が故障していたとのこと。 ・使用済み燃料を入れた貯水槽の放射能濃度が通常の50倍に上昇し、主タービン軸受け部の摩耗を示す警報装置が作動したことも判明。 ・タービン建屋壁面の床面のひび割れ・はがれも見つかった。 ・4号機でも原子炉内の中性子測定装置の一部が動作不能だった。 ・建屋の床2カ所で水たまりを確認。 ・おまけに廃炉の1、2号機周辺で最大約20センチの地盤隆起や沈下が見つかった。 放射能物質に関するトラブル4件を含む24もの異常が明らかになっています。 原子炉内での核分裂反応は、ウランから中性子が発生して臨界となります。 制御棒はその中性子を吸収して臨界(核爆発)を抑える役割を果たしているものです。その制御棒を入れていると原子炉は停止状態となり、出力を上げる場合は制御棒を原子炉から引き抜いていくというもの。 今回の事故で、その制御棒の250本のうちの30本(12%!)が動かなくなっていたという事態だったのです。 制御棒が原子炉内に入らなければ燃料棒の核分裂反応は臨界を迎えてしまうのです。 まさに、前回の記事にした悪夢のシナリオが訪れようとしていたのです。 それから地盤の隆起や沈下については、柏崎刈羽原発でも明らかな通り、原子炉直下でこの隆起が1メートルとか起きていたら、原子炉が破壊あるいは歪んで制御できない状態になりかねないのです。それから使用済み燃料棒の貯蔵プールに亀裂が入るなどしたら、間違いなく燃料棒が再臨界を起こし、膨大な量の放射能をまき散らしかねないのです。 それから東海地震についてです。 中部電力は、05年から07年に浜岡原発周辺の地層のボーリング調査を行いました。 浜岡原発から東約2キロの地域で計8カ所、深さ十数メートルのボーリング調査を実施しています。 っていうか、10数メートルのボーリング調査さえ何でこんな事態になるまでしていないのでしょうか?予算的にはたかが知れている10数メートルのボーリング調査さえ行わない中部電力の姿勢から、何とな〜く恐ろしい蓋を開けないように、開けないようにということが見えてきますよね。 依頼された産業技術総合研究所の結果によれば、100年から200年の割合で東海地震が起きていると指摘しています。 さらに「2回前の大きな隆起が約2200〜2400年前よりもさらに前に起きており、間もなく次の連動地震があると考えてもおかしくない」としている点です。 ここ7000年に4〜5回(1000年から1500年に1度の割合)で大きな隆起があることを確認しています。 このことを「超」東海地震と呼ぶそうな。 しかし、中部電力は、その結果を故意に「安政東海地震(1854年)が最大である(M8.4)」と故意に想定してしまっています。 その「超」東海地震は、安政東海地震の3倍ですよ!3倍!! 今回の地震で会見した阿部勝征・地震防災対策強化地域判定会会長(東京大名誉教授)は舌舐めずりしながら「今回の地震と東海地震とは関係ない」と言っていましたが、ありゃ舌を出している事実上の会見ではなくって、舌が目ほどにものを言っている会見だと思いました。 それから気になる東海地震プレートの歪みを想定すると、1944年12月7日 東南海地震 M7.9と 1945年12月21日 昭和南海地震 M8.0があって、正式にはあれは東海地震のプレートの歪みが引き起こすものではないとか。 その歪みがたまっていつ発生してもおかしくないのが次に来る東海地震だとか。 そんな結果を考えるならば、今回の震災で様々なトラブルを噴出させている浜岡原発そのものを廃炉にして、今すぐにでも使用済み燃料棒や炉事態をどうするのか真剣に考えるべきです! FC2 Blog Ranking
15,
2009
すべての出来事は自然
だ イムジン河を 北の人が南にわたる 国境は周波数によって伝えられるだけなのだ そこに思いがあるがはては ない 朝がくるのに 老詩人は 朝を解釈するだけ 朝は朝なのだ 朝であって 朝ではない 朝になった人たちが 朝を朝とよべるのは 小鳥が、野原が朝露に、 静かになった ありのまま、だ 朝はあって朝はない 戦争の響さえ聞こえない 大人に朝はない |
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